学而篇第一-8.君子重からざるには…

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現代語訳と原文・読み下し

先生が言いました。「もし諸君が学友から注目されなくても、なおさら威張らないようにしなさい。勉強の際には頭でっかちにならないようにしなさい。約束を守り自分を偽らず、友達同士で高め合いなさい。それでも間違いを起こしたら、改めるのをためらってはいけない。」


子曰。君子不重則不威。學則不固。主忠信、無友不如己者。過則勿憚改。

子曰く、君子クンシ重からるにはあばめあら不るにれ。學ぶには固から不るに則れ。まめやかまことしたがひて、友のおのれか不る者無からしめよ。あやまちては改むるにはばかることなからんに則れ。

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語釈

偏は貝ではなく「テイ」(かなえ。三本足の青銅器)、つくりは「刀」。白川説では、青銅器に重要な文書を小刀で刻む事を意味し、転じて法律、規範。藤堂説では、食器と食事ナイフと解し、そばに寄り添って離れないものであることから、法則、法律の意味に、また「すなわち」の意味となる。

「女」+「エツ」(おの)。白川説では、宮廷の巫女が磨いたおのと共に威儀を示すさまと解し、藤堂説では武器で女性を脅すさまと解する。

解説

孔子塾のいじめと学級崩壊?

伝統的には「君子不重則不威」の「則」を、「AならばとりもなおさずB」の意味に取ります。その結果、「君子は威張ってないとバカにされる。勉強しても頑固にならない。忠義と信頼を重んじる。出来の悪い者とは付き合わない。間違ったらすぐに改める。」と解釈します。

しかし孔子の弟子は派閥を作りながらも、結束が固かった事が知られています。孔子の存命中、時に軍隊に包囲されたり、全員飢え死にしかけるほどの放浪に出て、それでも脱落者が出ませんでした。孔子没後もお互いに訪ねあったり、困窮者に援助したりしています。

そんな塾内で、孔子は学友に対して偉そうにし、仲間外れを作るよう教えたのでしょうか? これはまずいと思ったのか、「君子はおっちょこちょいではいけない」と、穏やかに訳した漢学者もいますが、おっちょこちょいは好奇心でもあり、好奇心こそ向学心のタネでしょう。

孔子には出来のいい弟子悪い弟子、いろいろいたはずです。「つっかえてるおとうと弟子には、教えておやり」と諭したと考えるのが自然でしょう。でなければ学級崩壊、孔子存命中の弟子の結束はありえません。また威張るのも人を操るための演技です。仁にかなうとは思えません。
学而第一-8_2_002

「出来の悪いのとは付き合うな」と言うなら、「ともありて遠方より来たる、おおいに楽しからずや」と説いた孔子がウソツキになってしまいます。さまざまな出身の弟子を差別無く受け入れるのが、孔子塾の原則だからです。そうでないと孔子の理想が実現不能になるからです。

孔子が塾を開いた動機は生活のためと言うより、個人では実現できない理想の政治を、集団の力で成し遂げるためでした。そのために出身を問わず弟子を集めたのですし、雑多な集団だからこそ個性的で能力のある弟子が育ったのです。

そこで今回の新釈では、「則」を接続詞ではなく、動詞として読む事にしました。

「威」とは何か

次に「威」の解釈ですが、論語の堯曰篇2にこうあります。


子張が孔子に、政治に携わる場合の要点を問いました。先生が答えて「…君子(=官僚・政治家)は”威”があって猛々しくない。…君子は衣冠を整えて、目つきや容貌や態度を厳かにする。人はそれを見て恐れ入る。これが”威”があって猛々しくない、ではないかね?」


ここで注目されるのは、話のテーマが「政治家としてどうあるべきか」であって、本章のように「弟子一般に向けた入塾心得」ではないことです。もう一つ、姿形を端正にすることが目的であって、人が恐れ入るのはその結果に過ぎないことです。

これは八佾篇16に「弓の競技は、的に当てることを目的としない」と説いているのと同様に、始めから脅しつけることが目的なのではありません。「政庁でヘラヘラ笑っていてはいけない」という、ごく当然の戒めを述べたと解すべきです。

以上から本章は、もっともらしく振る舞うことの教えではないと解せます。

後世の儒者の事情

さて、伝統的に論語が堅苦しく解釈されてきた事情には由来があります。中国の学者は、役人と兼業でした。自分らが威張るため、孔子先生の権威を借りたのです。最高権力者である皇帝が、「お前ら威張り過ぎだ」と怒っても、「孔子先生も仰ってました」と言い返せます。

自分で論語を読めるほど学のある皇帝は、明の洪武コウブ帝ほかわずかしか居ませんから、役人が束になって反論し始めると言い返せません。それをいいことに儒者は勝手に古典の解釈をねじ曲げてきたのです。こんにち、漢文が難解になってしまったのもその結果です。

孔子塾の成立過程がきわめて政治的であったように、儒者たちの行動も政治的事情と不可分ではありません。論語の解釈一つが皇帝をもしばり、その解釈を独占することで、儒者は二千年に及ぶ中華帝国に支配層として君臨し、言語さえも都合よく作り替えたのでした。
学而第一-8_3_002

付記

伝統的解釈

先師がいわれた。道に志す人は、つねに言語動作を慎重にしなければならない。でないと、外見が軽っぼく見えるだけでなく、学ぶこともしっかり身につかない。むろん、忠実と信義とを第一義として一切の言動を貫くべきだ。安易に自分より知徳の劣った人と交っていい気になるのは禁物である。人間だから過失はあるだろうが、大事なのは、その過失を即座に勇敢に改めることだ。

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