八佾篇第三-12.祭るに祭りにあるがごとく…

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現代語訳と原文・読み下し

お祭りでは、神霊が本当に降りてきたように祭ると、本当に神霊が降りてくるものだ、と古来言います。先生が言いました。「今度のテイの祭には、私は手を貸さないよ。誰もそう思って祭ってないからね。」


祭如在祭、神如神在。子曰。吾不與。祭如不祭。

祭るに祭にるが如くせば、神、神在るが如しと。子曰く。われあづか。祭りて祭らるが如し。

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解説

前二章を考えると、伝統的解釈には疑問があります。
八イツ第三-12_1_002

祭祀一般の話ではない

本章は伝統的解釈のように祭祀一般を述べたものととらず、前章の問い合わせの使者が帰った後で、弟子に語ったとするとよく分かります。「礼には真心が籠もらねば意味がない」とする孔子ですから、魯での禘祭には祭神への思いがこもっていないと見たのでしょう。

となると五年に一度の大祭は、魯国の国威発揚を宣伝する見せ物と化していたか、あるいはあまりにでたらめな安っぽい見せ物と化していたかのいずれかです。当時魯の公室は三桓に力を削がれていたので、おそらくは安っぽくなっていたのでしょう。

また何事につけ礼の衰えを嘆いた孔子ですから、単に非礼な禘祭には心など籠もらない、と見たのかも知れません。いずれにせよ礼を目的ではなく手段として見た孔子ですから、「殿様がやりたがるからやる」という役人根性を、卑しんだには違いありません。

論語は時系列など、何か統一した基準で話の順番が決まっているとは限りません。孔子没後各地に散った弟子たちが仲間ごとに集まり、手持ちのメモを持ち寄ってまとめた本だからです。その系統は元々、子貢一派の「斉論語」と、魯に残った弟子たちの「魯論語」でした。

さらに後の世、孔子宅の修繕時に壁土から出てきた「古論語」が加わります。この3つをまとめる際、かなり慌ててまとめたらしく、同じ話が重複していたりします。従って必ずしも次章は前章の続きではありませんが、本章はそう解釈できる記述の一つです。

先学の解釈

ただし必ずしも上掲の解釈が正しいとは言えませんので、先学の訳を引用します。

藤堂先生の訳

(先生は)祖先を祭るときは、祖先がそこにおられるように気持ちでし、もろもろの神を祭るときには、百神がそこにましますような敬虔な態度で祭られた。
先生はこう言われた。
「私は、自ら祭礼に加わらないと、お祭りをしたような感じがしないのである」

宮崎先生の訳

古語に、祭りを行うには、心をこめて祭りに臨む気持でやれば、神も本当にそこに実在するようだ、とある。これについて孔子が一句つけ加えた。自ら祭りに参与しない祭りは祭らないのも同じだ。

藤堂先生の解釈は、下記の下村湖人訳とほぼ同じで、「祭如在、祭神如神在」するのも孔子だとします。しかし宮崎先生はこの二句を3-5字で分けるのは不自然だとし、共に四字句と解して上掲のように読み下します。この新釈ではそれに従いました。

付記

伝統的解釈

先師は、祖先を祭る時には、祖先をまのあたりに見るような、また、神を祭る時には、神をまのあたりに見るようなご様子で祭られた。そしていつもいわれた。私は自分みずから祭を行なわないと、祭ったという気がしない。

以下、訳者のメモです。
『禮記』表記
子曰:「夏道尊命,事鬼敬神而遠之,近人而忠焉,先祿而後威,先賞而後罰,親而不尊;其民之敝:蠢而愚,喬而野,樸而不文。殷人尊神,率民以事神,先鬼而後禮,先罰而後賞,尊而不親;其民之敝:蕩而不靜,勝而無恥。周人尊禮尚施,事鬼敬神而遠之,近人而忠焉,其賞罰用爵列,親而不尊;其民之敝:利而巧,文而不慚,賊而蔽。」

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