為政篇第二-1.まつりごとを為すに…

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現代語訳と原文・読み下し

先生が言いました。「政治を行うには、利益をタネにする。例えば北斗星が動かぬまま天の中心となり、星々の回転がみなその中心を共有するように。」


子曰。爲政以徳。譬如北辰居其所、而衆星共之。

子曰く。まつりごとを爲すにはめぐみを以てす。たとへ北辰ななつぼしの所に居て、しか衆星もろぼしこれを共にするがごとし。

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語釈

古い字体では「悳」と書いた。白川説では「彳」+「省」+「心」で、ギラリと目を光らせて見回ること、その心理的威力を言う。藤堂説では、「悳」(真っ直ぐな心)=本性を意味し、さらにその人格的能力と解する。いずれも、必ずしも「人徳」を意味しない。

解説

伝統的に「徳」を日本語化しなかったのは、漢学者の怠慢だと思います。

「徳」とは何か

論語の中で「徳」が記されている箇所は全部で31件、その全てに統一した解釈を当てはめるのは無理です。「徳とは何かを知る者はめったにいないな」(衛霊公4)と孔子自身が嘆いたように、徳は一言で説明できない、ああもこうも見える、複雑な事柄のようです。

従って伝統的には人徳や道徳など、何か善めいたものと決めてかかり、時には訳すら付けません。しかし例えば「君子之德風。小人之德草」(顔淵19)は、徳を善悪のないただの「人格」と解釈するほかありませんが、従来訳では「徳」そのものが無かったことにされています。

「為政者と人民との関係は風と草との関係のようなもので…。」

そこで辞書を頼りに原義を探してみれば、語釈の通り、やはり「人格」に行き着きます。白川説の、何か得体の知れない人格力に注目するのも面白いとは思いますが、そこからは「生まれつき」や「本性」という、徳の持つ意味の一項目を説明しづらいと思います。

藤堂説の言う「本性」を源流に、川のようにさまざまな意味へと派生していったのだと見ると、上流に「人格」、中流に「人格力」が位置し、下流には「人徳」「道徳」もあれば、「恵み」「利益」もあるわけです。今回の新釈で「利益」と解釈したのもそのためです。
為政第二-1_1_014

「徳」=得と解釈してみる

伝統解釈のように、訳さないでそのまま「徳」と訳しては、話がわからず面白くもありません。ただ儒者同様「人徳」と考えるなら、それはそれで成り立ちます。自立したブレのない立派な人格が中心にいて、人々がそれを模範とする、という景色を想像は出来るからです。

ゆえにもしこれが塾内風紀の話だったら、人徳説に大いに賛成したいところです。しかし今回は政治の話です。政治家として失敗を経験した孔子は、民衆とはそんな純朴なものではないと知っていたでしょうし、失脚したからには、貴族の強欲とどう猛も知っていたでしょう。

となれば、利益説をとるととたんにわかりやすくなるのです。こんにちの政治でもバラマキがあるように、利益誘導は政治の常套手段だからです。利益の配分権をしっかりと握って話さずいれば、貴族も民衆もその利益を「共」に見つめますから、北斗星のようになれるわけです。

同様に孔子からはるか後の唐時代を過ぎると、とりたてて外交的課題がなくても、諸国から使いがやってくるようになりましたが、これを「中華の徳を慕って来た(行った)のだ」と公称しました。中国側はもちろん儒教的に、徳=すぐれた人徳と思ったわけです。

しかし日本始め外国にとってはそうではなく、徳=得で、技術学術の習得や得られる貿易の利益があるからこそ、遣唐使のように時に死の危険を冒してまで、中国に行ったわけです。この史実を踏まえて、論語での徳はその場面に応じて、柔軟に解釈されるべきだと思います。

付記

伝統的解釈

先師がいわれた。徳によって政治を行なえば、民は自然に帰服する。それはあたかも北極星がその不動の座にいて、もろもろの星がそれを中心に一糸みだれず運行するようなものである。

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