為政篇第二-2.詩三百…

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現代語訳と原文・読み下し

先生がほっと一息ついて言いました。「〔いや-、やっと昔の〕歌詞を集めて三百編〔にまとめ終わったんだがねえ、つくづく思ったよ〕。ひとことでそれらを言うなら、うたに悪気がない。」


子曰。詩三百、一言以蔽之、曰、思無邪。

子曰く。詩三百、一言ひとつのことのはもっこれおおはば、曰く、思ひによこしま無し。

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語釈

白川説・藤堂説共に、つくりの「寺」は「止」+「手」。藤堂説によれば、手を止める、手で推し進めるの両方の意味があり、全体で、心に止まった記憶を言葉で表す(叙事詩)、心の進むままに言葉で表す(叙情詩)の意味となる。

「牙」+「阝」(むら)。白川説では、のろいのまじないをする者が飲む薬物の一種「(奇)ジャ」と音が通じるところから、「よこしま」。藤堂説では、「牙」を二本の棒が食い違った姿とし、そこから「くいちがい」「よこしま」。

思無邪

『詩経』魯頌の「ケイ」に、「薄言駉者、有駰有騢、有驔有魚、以車祛祛。思無邪、思馬斯徂。」として収録されている。

解説

今回、伝統的解釈に異議はありません。

詩は何よりも「うた」である

儒教の経典にもなっている『詩経』は、孔子在世当時までの詩歌を集めた詩集です。現存するテキストでは305編が収められ、ここから孔子自身がこの詩集を編纂したと古来言われてきました。すると今回の一節は、作業が終わった余韻を弟子に語ったもの、と解せます。

この「詩」という中国の古語について留意すべきは、藤堂先生が表題の通り『漢和大字典』に記したように、目で読む文ではなく口で歌う「うた」であることです。従って音楽の一種としての性格を強く持ちますが、その音楽は諸芸の中でも、孔子が最も好んだわざでした。

加えて歌は、人の口にのりやすく記憶に残るような調子を持っていますから、散文にも好んで詩の言い回しが用いられました。「賢賢たるかなとかげの色や」(学而7)のように、論語にも数多く取り入れられています。従って文書行政に関わる君子に、必須の教養でした。

孔子が自ら『詩経』を編纂したのも、文章術の教科書として弟子に与えるのにふさわしく、また自らの趣味にも合致するためだったでしょう。古文書の収集、うたゆえに歌い手にしかわからない言い回しの解釈には、好きでなければ出来ない労力が必要なはずだからです。

編纂し終えてなお脳裏を巡る余韻を、孔子は口にしないではいられなかったのでしょう。

『詩経』に載せられた「うた」

いやそうではなく、論語のこの言葉に合わせて三百編の詩集を作り、孔子の権威を借りて世に広めたのだ、との説も説得力があります。中国の知識人は儒教経典のみならず、平気で偽作をするからです。しかし偽作説に敬意を払いつつも、ここでは孔子の言葉として受け取ります。

さて『詩経』に収められた歌は、宮廷の儀礼歌(雅)から各地方の民謡(国風)まで、幅広いですが、おおむね四言詩、つまり漢字四文字をひとかたまりにした形式を取ります。言い換えると「いっち、にい、さん、しー」と、数を数えるような調子で歌われたわけです。

一つ引用してみましょう。

「魏風・碩鼠」
碩鼠碩鼠、無食我黍。(碩鼠セキソ碩鼠、我がきびを食う無かれ。)
三歲貫女、莫我肯顧。(三歲みとせなんじみつぐも、あえて我をかえりみし。)
逝將去女、適彼樂土。(きてまさに女を去らん、の樂土にかん。)
樂土樂土、爰得我所。(樂土樂土、ここに我が所を得ん。)


こら大ねずみ、オラの米を食うでねえ。
三年も食わせてやったに、お前はオラをいじめてばっかだ。
もう我慢できねえ、楽土に行っちまおう。
ああ、楽土楽土。そこでのんびり暮らしてえ。

役人を呪う農民の歌で、この続きは目的語や被修飾語を、似たような言葉に入れ替えて繰り返します。

碩鼠碩鼠、無食我麥。三歲貫女、莫我肯德。
逝將去女、適彼樂國。樂國樂國、爰得我直。

碩鼠碩鼠、無食我苗。三歲貫女、莫我肯勞。
逝將去女、適彼樂郊。樂郊樂郊、誰之永號。

さて、これがどのように口ずさまれたのか。当時の音を正確に復元するのは困難なので、藤堂先生の勧めに従って、漢音(唐代の長安地方での発音)で音読みするとこうなります。

碩鼠碩鼠、無食我黍。(セキソセキソ、ムショクガショ)

三歲貫女、莫我肯顧。(サンサイカンジョ、バクガコウコ)

逝將去女、適彼樂土。(セイソウキョジョ、テキヒラクド)

樂土樂土、爰得我所。(ラクドラクド、エントクガショ)

「♪セキソ~セキソ~」とのろいを込めて歌い始め、「♪ラクド~ラクド~」と希望を込めて歌い上げれば、当時の気分がわかるでしょうか。

付記

伝統的解釈

先師がいわれた。詩経にはおよそ三百篇の詩があるが、その全体を貫く精神は「思いよこしまなし」の一句につきている。

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