為政篇第二-21.或るひと孔子に謂いて曰く…

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伝統的解釈

現代語訳と原文・読み下し

ある人が孔子先生に言いました。「あなたはどうして、政治を執らないのですか。」

先生が言いました。「書経にこう書いてあります。”本当に年上思いであることよ。同世代とも誠実に付き合っている。その力が政治にも及んでいる”と。となれば私の年上思い、友人思いも大いに政治なわけです。どうしてわざわざ、政治家にならなきゃいけませんか?」


或謂孔子曰。子奚不爲政。子曰。書云。孝乎惟孝、友于兄弟、施於有政。是亦爲政。奚其爲爲政。
あるひと孔子にひて曰く。子なんまつりごとを爲さざる。子曰く。書に云ふ。うやまひたるかなこの孝、兄弟はらからともたり、また政におよべりと。是おほいに政を爲すなり。奚ぞ其れ政を爲すを爲さん。

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語釈

為政第二-21_002

藤堂説では手で枠を抱え、月=肉を抱え込むさま。「所有する」「存在する」「枠」などの他、集団に付ける接頭辞という。白川説では手で肉持って、神に捧げるさま。また諸橋大漢和には、「また」の語義を載せる。

解説

伝統的解釈に大きな異議はありません。

最晩年の発言

『書経』は、孔子が生まれるだいたい70年前までの、各国王の発言です。『尚書』とも後に呼ばれました。今回のは、かなり大規模な公共事業に、とある役人を任命する時の辞令に書かれたとされる言葉です。要するに家臣を持ち上げて、「キミなら出来る!」と言っています。

家臣と領民に向けて、壇上から宣言する言葉であるだけに、うたと同じくふし回しで語ります。当時の節回しは四音節が基本ですから、「いっちに、さんし!」の調子。「コウコイコウ、ヨウウケイテイ!」と王は新任の役人を従え、遠くにも聞こえるよう宣言したのです。

この本の編集に、孔子自身が携わったとも言われます。ともあれここでは、年上思いと誠実な人付き合いもまた、政治の一種だと古典にある、と相手をケムに巻いたように思えます。したがって本章の解釈は、孔子が奉行職や家老職にあったときか、そうでないかで分かれます。

まだ仕官する前なら、あるいは放浪中なら、政治家になりたいという満々たる希望を胸にしながら、なれない自分をどこか強がっているように受け取れます。しかし作り事の虚勢を嫌った孔子ですから、政治家になりたいなら真っ直ぐそのことを話したと思われます。

従ってこの話は放浪より戻り、家老の末席にあった最晩年のことでしょう。半ば隠居していましたから、今までの政治家人生を踏まえた発言です。孔子はもう長くはないと思っていたでしょうし、政争に負けた苦い思い出もあります。質問者もそれを知っていたのでしょう。

最晩年ですからここでの「孝」はかつての自分の心情か、もしくは祖先への敬意です。「友」は現在の自分の姿でしょう。「私はこんなふうに、人の道に従って生活しておるよ? これもまた政治でござる」と言ったわけです。つまり「もうくたびれたよ」ということでしょう。

だから放浪中に故国の魯で殿様の代替わりがあった時、「帰ろう」と思ったのでしょう。そこで子貢を差し向けたりと、何かと殿様=哀公の政治を助けるように動いたのは、帰国工作でもあったでしょう。その際、弟子一同をかなり焚き付けるような演説もしています。

先学による解釈

さて宮崎市定先生によると、原文「爲すを爲さん」の間には脱字があると言います。

或謂孔子曰。子奚不爲政。子曰。書云。孝乎惟孝。友于兄弟。施於有政。是亦爲政。奚其爲爲政。

「なんすれぞそれ、政を為さずと為さんや」と読み下し、「家政も政治です。これでも政治をしているつもりですよ?」の意味となります。

また藤堂明保先生による読み下しは次の通り。

…書に云う、「孝なるかなれ孝や、兄弟けいていゆうなれ!」と。有政まつりごとおしのばせば、是も亦た政を爲すなり…。

「有」を接頭辞としたのはいいとして、『書経』を参照すると、「施於有政」までが引用です。藤堂先生ほどの大学者でも、間違いはあるものです。しかし先生の令名を損ないはしません。漢学は膨大な本を丸暗記しないとできず、訳者は検索で気付いたに過ぎないからです。
為政第二-21_3_002
IT時代だからこそ訳者はこう言えますが、それ生身でやってのけた先生には頭が下がります。

付記

ある人が先師にたずねていった。先生はなぜ政治にお携たずさわりになりませんか。先師はこたえられた。書経に、孝についてこのようにいってある。「親に孝行であり、兄弟に親密であり、それがおのずから政治に及んでいる」と。これで見ると、家庭生活を美しくするのもまた政治だ。しいて国政の衝にあたる必要もあるまい。

以下、訳者のメモです。なお『書経』はでっち上げとする意見に私はかなり惹かれますが、当否の判断が付きませんので、とりあえず信用して載せることにします。
『書経』周書 ・君陳
周公既沒,命君陳分正東郊成周,作《君陳》。
王若曰:「君陳,惟爾令德孝恭。惟孝友于兄弟,克施有政。命汝尹茲東郊,敬哉!昔周公師保萬民,民懷其德。往慎乃司,茲率厥常,懋昭周公之訓,惟民其乂。我聞曰:『至治馨香,感于神明。黍稷非馨,明德惟馨爾。』尚式時周公之猷訓,惟日孜孜,無敢逸豫。凡人未見聖,若不克見;既見聖,亦不克由聖,爾其戒哉!爾惟風,下民惟草。圖厥政,莫或不艱,有廢有興,出入自爾師虞,庶言同則繹。爾有嘉謀嘉猷,則入告爾后于內,爾乃順之于外,曰:『斯謀斯猷,惟我后之德。』嗚呼!臣人咸若時,惟良顯哉!」

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