為政篇第二-24.そのみたまにあらずして…

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現代語訳と原文・読み下し

先生が言いました。「ご先祖さまでもない魂をお祭りするのは、へつらいだ。なすべき正義を目にしてしないのは、関心がないのだ。」


子曰。非其鬼而祭之、諂也。見義不爲、無勇也。

子曰く。其のみたまあらて之を祭るは、へつらひ也。ただしきを見て爲さるは、きも無き也。

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語釈

頭部の大きな人が、うずくまっている象形。地獄で獄卒を務めるような「オニ」ではなく、死者の魂を意味する。

為政第二-24-2_002

「義」は形よくさばかれた羊。白川説では、お供えとして「ただしい」と言う。藤堂説では、きちんと角目の立ったのこぎりと、美しい羊の組み合わせで、「ガ・ギ」の音は、「美しい」を意味するという。いずれも「そうある事が望ましい事」。

古い字形は「甬」で、「涌」く・「踊」るなどと同系。ほとばしるような、はね踊るような心のさま。

解説

伝統的解釈に、大きな異議はありません。

「勇なきなり」を「関心がないのだ」としたのは、聞き手が政治家や官僚を志望する弟子たちだからです。為政者の救済が滞れば、民は多大な迷惑を被ります。しかも仕官後の弟子が保身に努めては、孔子の理想が実現しません。「仁」を説く孔子なら、無関心を戒めたはずです。

孔子と超自然的存在

さて孔子は「怪力乱神を語らず」と論語にあるように、超自然的存在を語りたがらない人でした。その出自を白川先生は、呪術集団と説いていますが、それならなお、お祭りやまじないのバカバカしさを知っていたでしょう。いくら祈ってもどうにもならない例が多いからです。

一方、下級士族の出だとするとなおさらです。武人は現実家でないと、死ぬ事になるからです。ただし武人は技を磨くほど、自分ではどうにもならぬ限界を意識します。ゆえに現代の道場に必ず神棚があるように、超現実的な存在を敬いはしました。

しかし、祈って勝てるとは思っていません。神は公平だから、自分にも敵にもひいきはしない。だからせめて、怒らせないよう敬うのです。勝ちたいからと言って、よその神霊をまつるのは、孔子にとってまことにバカバカしく、みっともなく見えたでしょう。

論語当時の供え物と殷周革命

「祭」という字は、祭壇(示)の上に肉(月)をお供えする(手)象形です。当時、最高のお供えは肉、とりわけ羊です。黄河文明は早くから豚を飼いましたが、論語の時代では、豚はお供えに使うような、上等の肉としては扱われていません。なぜでしょう?

か細いながら想像は出来ます。当時の王朝は周ですが、その出身は西方で、明らかに牧羊集団の性格を持ちます。軍師として名高い太公望は、きょう=羊飼いの一族の出身と言われます。対してそれに滅ぼされた殷王朝は、漢字を作ったのですが、豚を尊んだかどうかはわかりません。

モンブラン

©Sanchezn via https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3

ただしその言葉は、多分に印欧語族的です。語順がSVOだからです。しかもフランス語のように、被修飾語が修飾語の前に出ていました。モンブラン(山←白い)のようにです。王の名前も同様に、帝辛(みかど←個人名シン)でした。一方周王初代は、武王(武の→王)。

以降現代中国語までドイツ語(ex.マッターホルン:牧草地の→頂上)と同じ。語順は相変わらずSVOですが、仏語が独語に入れ替わったほどの文化的激変が、殷周革命にはあったわけです。従って牧羊集団だった周王朝にふさわしく、羊が尊ばれるようになったのでしょう。

では羊に限らず肉食が、当時どれほど普及していたのか。肉がごちそうとして扱われていたについては、孔子が斉国ですばらしい音楽を聴いて、「肉を食べてさえ、味がわからなかった」とあります。貴族の一員である孔子でさえこうでした。庶民ならばなおさらです。

これにつき、孔子から150年ほど前、斉の名家老管仲の時代の記録があります。


斉が魯を攻めようとする。魯の庶民、曹沫ソウバツが、「一つ殿様を助けてやろう」と村を出ました。「やめとけやめとけ。肉食ってるエラい人に任せとけ」と別の村人。
「いんや。肉食ってるから、あの人たちはものが見えないんだ」と曹沫。
いろいろあって彼は将軍に抜擢され、殿様の戦車に同乗し、みごとな采配で斉軍を追い払いました。


庶民と殿様との距離が案外近い事と共に、庶民も肉が食べられなかったとわかります。つまり当時のお祭りは、ずいぶんもの要りでした。それなのによその先祖を祭ろうとする。それは孔子の嫌うへつらいで、為政者の不作為同様、弟子に戒める意味のあることだったのです。

付記

伝統的解釈

先師がいわれた。自分の祭るべき霊でもないものを祭るのは、へつらいだ。行なうべき正義を眼前にしながら、それを行なわないのは勇気がないのだ。

中国語の修飾→被修飾の関係についてですが、現代中国語の例を出しておきましょう。

起来!不愿做奴隶的人们!
(立て! 奴隷になりたがらない→人々よ!)
把我们的血肉,筑成我们新的长城!
(我らの→血と肉で、我らの・新しい→長城を建てよう!)
中华民族到了最危险的时候,
(中華の→民族は、最も危険な→時代に直面している。)
毎个人被迫着发出最后的吼声。
(どの→人も、いじめられて、最後の→うめきを吐いている)
起来!起来!起来!
(立て! 立て! 立て!)
我们万众一心、
(我々→民衆は心を一つにして)
冒着敌人的炮火,前进!
(敵の砲撃をものともせず、進め!)
冒着敌人的炮火,前进!
(敵の砲撃をものともせず、進め!)
前进!前进!进!
(進め! 進め! 進め!)
『中華人民共和国国歌 義勇軍行進曲』

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