里仁篇第四-1.里は仁なるをよしとす。

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現代語訳と原文・読み下し

先生が言いました。「住むには情け深い人々の住む土地を選ぶのがよい。好きこのんで情け深い所に住まなければ、どうして真っ直ぐにものごとを知り得よう」。


子曰。里仁爲美。擇不處仁。焉得知。
子曰く。さとジンなるをしと爲す。えらびて仁にんば、いづくんぞさとりを得ん。

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語釈

「田」は、きちんと区画整理された畑。それに「土」が付いて「里」、きちんとした畑付きの宅地、つまり村。礼制では25家のまとまりを里と言うらしいが、本章とは関係がない。
そこに村「人」が住み着くと「俚」=「いなか」。けものが住み着くと「狸」。ネコまたはタヌキを指す。

矢のように、真っ直ぐものごとの本質を言い当てること。語尾がŋに変化すると「聖」(耳も口も正しく、物事を当てる賢者)となり、のちに孔子に対する「聖人」として用いられた。

解説

伝統的解釈に異議はありません。村八分の村からは出て行くべき、ということです。
里仁第四-1_0_001

どうしようもない村は当時もあった

荻生徂徠が「人は心を仁に落ち着けるべきである。そうでなくては知者ではない」と解したのはうがちすぎで、「自由に引っ越せるものではない」と言うのも、引っ越しを繰り返した孔子を思えば当たってはいないでしょう。「村八村からは出て行け」程度のことと思います。

仁のない村というのは残念ながら今でもあって、住民は相互に監視して少しでも変わったことをすれば村八分の対象になります。そんなところに住み続けるより、新天地に出て行った方がよほど楽だ、と真っ直ぐ知り得ないような人ばかりが、村に残っているわけです。

そんな村が孔子の近所にもあったことが、論語の述而29に見えています。

互鄉は與に言ひ難し。童子見ゆ。門人惑ふ。子曰く。「其の進むに與する也。其の退くに與せ不る也。唯だ何ぞ甚しきや。人己を潔めて以て進む、其の潔めに與する也、其の往けるを保た不る也。」

(互鄉の村と言えば、なんとも言いようのない所である。そこから少年が出てきて先生に会わせて欲しいと言った。門人はどうしようか迷った。先生が言った。「先へ進もうというのだ、助けてやるさ。引き返すのなら助けはしないが。それなのに諸君はどうしてそんなに嫌うのだ。人が過去を洗い流して進んでいく、その再生を助けてやるのだ。過去を綺麗さっぱり洗い去ってね。」)

仁でない里に知者が出ないわけ

村八の流行るような村は、すでに村内に発展の余地が無く、有限の資源を互いに取り合う状態にあります。すなわち甲家が用水を一杯多く取れば乙家がその分少なくなり、赤子か誰か弱い者から死ぬことになります。従って村内は互いに敵で、庄屋も例外ではありません。
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しかし村人が互いに村八をしている間は、敵意が庄屋に向きませんから、庄屋も村八を止めるどころか、一層あおってやらせるでしょう。こんな村には仁のかけらもありません。しかしそもそもこの争いは、開墾とか商売とかの発想がない=村人の頭の悪さが原因です。

ゆえにそんな村でどんな解決策を提言したところで、村八になって追い出されるだけです。知者で居られようはずがありません。孔子が本章で言っているのはそういうことで、仁ならざる里は実在の村八村であると同時に、自分の政論を受け入れない諸国の朝廷でもあるでしょう。

付記

伝統的解釈

先師がいわれた。隣保生活には何よりも親切心が第一である。親切気のないところに居所をえらぶのは、賢明だとはいえない。

なお宮崎先生は「里仁為美」部分を引用だと言い、「家を求めるには人気ジンキのよい里がいちばんだ、という古語がある。どんなに骨を折って探しても、人気の悪い場所に当ったら、それは選択を誤ったと言うべきだ」と解釈しています。

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