里仁篇第四-7.人の過つや…

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現代語訳と原文・読み下し

先生が言いました。「人が間違いをしでかすと、家族や仲間にまで迷惑を掛ける。でもその人たちに間違いを知られた時こそ、人情を知る絶好の機会だろうよ。」


子曰。人之過也、各於其黨。觀過、斯知仁矣。
子曰く。人之あやま、其のともがらいたる。過ちをしめせば、すなはち仁を知りなん

※觀…観の旧字体。

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語釈

(足・足が止まる)+口(つまずき石・祝詞の容器)で、語順からここでは動詞。足がつっかえてそこに止まる(藤堂説)、またはお告げが降りてきて止まること(白川説)。

黨(党)

「尚」+「黒」で、「黒」は下から火を焚いているうちに、鍋がススで真っ黒になること。
藤堂説では明かり取りの窓の下で、薄暗い悪だくみをする集団。つまり仲間。
白川説では、かまどを共にして祈る集団、つまり一族。

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解説

伝統的解釈には異議があります。本章の意味は、仲間内とは間違いを起こしてもきっと許してもらい、励ましなぐさめて貰える愛情空間だから、ということ。

従来の解釈

先学の解説をまず挙げます。

この条は、朱子の新注によって読みたい。人間が過失をおかす場合は、それぞれの範疇において過失をおかす。朱子の注が具体的に説くのによれば、君子は人情に厚いためにあやまちをおかし、小人は人情に薄いためあやまちをおかす。君子は愛のためにあやまちをおかし、小人は残忍のためにあやまちをおかす。だからその人の過失の種類を見れば、その道徳の程度なり方向がわかる。(吉川幸次郎『論語』筑摩書房・世界古典文学全集4)

朱子の道徳の程度なり方向ががよくわかる一文です。『近思録』(朱子学の入門書)を読むと、朱子は弟子に対しても「愛」がなく、とうてい「人情に厚い」とは言えず、ここにあるように、自作の仮定を自然の現実として受け止めるよう強要しました。論語の解釈も同様です。

「各於其黨」の解釈

従来は「各」を「おのおの」と読んだため、ずいぶん苦しい解釈をしています。もしそれに従い直訳するなら、「各自は仲間内で間違いをする」。そんなわけはないです。旅の恥はなんとやらで、知らない人はどうでもいいとばかりに無茶をする。それが人というものでしょう。

「各」とは、何かがそこに「至る」こと。朱子は「格物致知カクブツチチ」を主張して、そこでは扁のあるなしでは大して意味が変わらない「格」を「至る」と読んでいるのに、本章では読み損なっています。だから後半もかなり苦しく、「觀」する主語に孔子を当てています。

しかし「觀」するのも、間違いをしでかした当人と見た方が自然です。「觀」は以前解説したように、鳥占いのようによく見る、あるいは並べて見渡すこと。そういうお互い裏切れない集団の中だからこそ。間違いにも「まあいいよ。今度から気を付けなよ?」と言ってもらえる。

もちろん、もらえないサド家庭やSM村もあるでしょう。でも孔子自身は生まれてすぐ父を亡くし、若くして母も亡くしていますが、それだけに家族愛をとても大事にしています。サド家庭など想像もしたくなかったのでしょう。だから「サド村からは出て行け」と教えたわけです。

孔子時代の鉄器の出現

これには時代背景もあります。長い間人間は自然に対して無力でしたから、大勢で団結しないと生き残れず、地縁血縁関係は強固だったはずです。ところが当時、そろそろ鉄器が農具や工具として出回り始めて、一人や少人数でも、生活できるようになりました。

当時の鉄は鋳物ですから、まだ武器になるほど鋭くはありませんが、オノやクワやカナヅチにするには十分でした。それに鉄は、それこそどこにでもあります。ある試算によれば、鉄は地殻中に4%ありますが、銅は0.005%しかありません。

青銅に不可欠なスズに至っては、0.00022%しかありません。石ころの主成分・ケイ素が28%と聞けば、ざっとその量が分かるでしょうか。石を7つ拾えば鉄を得る勘定で、対して銅は5600個以上拾わねばなりません。スズに当たれば奇跡でしょう。

代わりに鉄は精錬が難しくて、酸素還元するのに大量の木炭が要ります。コークスが出来た近代まで、木炭代用に石炭を使った鉄は、全く使いものになりませんでした。従って鉄器以前の黄河下流域=孔子の住む中原は、森に覆われていたでしょう。サイやゾウが居たのですから。
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しかし木炭目当てに切り払われて、今日のような枯れ果てた大地になってしまいました。論語時代の経済や学問の発展は、森や動物の犠牲で実現したのです。そして鉄器を手にした古代中国人は、欲望をも増大させました。だから論語の時代、道徳の衰退が嘆かれました。

もちろん戦争も絶えませんでした。しかしそれ以上に人々は、自分の創意工夫で集団から自由になり、好きなように生きるのを望んだのです。代わりにかつて互いを慈しんだ地縁血縁集団も、「どうしちゃってもいいやこんな奴」とばかり、イジメの温床になったでしょう。

鉄器は爆発的に人口を増やすからです。周王に諸侯が従わなくなり、諸侯を家老が無視するようになったのも、依存しなくて良くなったからです。孔子が自由に放浪できたのも、「SM村から出て行け」と言えたのも、実は道徳・秩序崩壊と同根、つまりは鉄器の影響でした。

付記

伝統的解釈

先師がいわれた。人がらしだいで過失にも種類がある。だから、過失を見ただけでも、その人の仁、不仁がわかるものだ。

なお時代が下って秦漢帝国(BC221-AD220)、鋳鉄の空焼きで鋼鉄が出来ると。
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参考文献:矢田浩『鉄理論=地球と生命の奇跡』。

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