里仁篇第四-9.士の道に志したる…

スポンサーリンク

現代語訳と原文・読み下し

先生が言いました。「正しい方法を求める志士が、粗末な衣服や食事を恥じるようでは、まだ私と対話できないね。」


子曰。士志於道、而恥惡衣惡食者、未足與議也。
子曰く。士の道志したる、て惡しきころも惡しきじきを恥づる者は、未だともかたるに足らざる也。

スポンサーリンク

語釈

学のある者。「民」(ものごとに暗い者)と対比する言葉。

言+羊+我で、藤堂説では、羊をノコ刃の目のように形良く切り分けたような、格好のいい言葉。角目を付けて話し合うこと。ただしい角目の立った話を言うこと。
白川説では、ことの正しさを神に判断して貰うこと。

解説

伝統的解釈には異議があります。

手段であってもその道は厳しい

孔子にとって道は手段でした。その目的は理想の政治の実現でした。従って修業の間は粗衣粗食に耐えなさい。それが本章の意味です。一方で弟子の多くは官職目当てに入塾しました。暖衣飽食がその目的です。それでは私と語るに足る同志にはなれない、と言ったのです。

ここでも道に二面性があり、孔子にとってのそれは理想への手段、弟子の多くにとっては就職の手づるです。朱子学的な伝統的解釈が言うような、道徳を目指していないのは師弟共に同じです。しかしその追求は前章のように、死と引き替えにする程度でなければならないのです。

当時は手にした鉄器を振りながら、中国全土で人々が利益を追求した時代です。それをあきらめて周初の昔に戻れと説くには、並大抵の方法では無理だと言うことです。その点では道を真理と捉えるのと同様、覚悟と努力が要ると言うことなのです。

こうした最終目的を革命に置いた点では、孔子にはブレがありません。

孔子曰く、賜や爾は予を以て多く學び而之を識る者と為す與。曰く、然り、非る與。孔子曰く、非る也。予は一へに之を貫くを以てす。(『史記』孔子世家)

(…孔子一行が野に包囲されて、飢え死にしかかり、こんな目に遭うのかと子路がいきり立つと、小人だからお前は乱れるのだと孔子は言った。それを聞いて子貢までもがいきり立った…孔子が言った。「子貢よ、お前は私を、多く学んでものを知っていると思うのか。」子貢が言った。「ええそうです。違うのですか?」孔子が言った。「そうではないのだ。わたしの生涯はひたすら、理想の政治を実現させようとしてきたのだ。」)

朱子の言う「道」とは何か

ここで藤堂先生の言うように、士を民に対比させて解釈するのは、いかにも朱子が喜びそうな話です。

心に道を求めんと欲して、而も口體之奉を以て人に若か不るを恥と為すは、其の識るところの趣之卑しく陋れること甚だしき矣、何ぞ與に道於議るに足らん哉。程子曰く、「道於志して而も心を外乎役さんか、何ぞ與に議るに足らん也。」 (朱子『四書章句集注』)

(心に道を求めようと望んで、食事や体むきのことが人並みでないのを恥じるのは、その知識も卑しく汚らわしいこと甚だしい。どうして道を議論するに足りようか。程先生も言っている。「道に志して心を道以外に費やすようでは、どうして議論を共に出来よう」と。)

そしてここでの道とは何かを朱子は説明していませんが、「汚らわしい」とまで言うからには、何らかの哲理と捉えていたことでしょう。しかし時には血なまぐさいことにまで手を染めた孔子と引き比べ、朱子は自分で立てたお立ち台で怒鳴っているように見受けられます。
公冶長第五-6_1_007

付記

伝統的解釈

先師がいわれた。いやしくも道に志すものが、粗衣粗食を恥じるようでは、話相手とするに足りない。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする